12/08/2005

侵略の罪を/敗戦の傷を

 10年前-1995年-に、スミソニアン博物館での原爆に関する展示がアメリカ市民の声によって当初予定されていたものから変更を余儀なくされた。
 いや、うだる暑さの中の雑談にぽっと出た話題なんだけど、思考の糧を与えられた。
 「だから、アメリカはだめなんだ。」 - そのコンテクストの中で出た話題である。
 それを受けて、アメリカ人は、「あれは、アメリカ人の声というより圧力団体の声だ。」という趣旨の発言をしていた。
 
 今の日本と似ている・・・最近、一部で「戦前の日本はよかった」説が流れている。
 一部なんだけど、彼/彼女らの声が大きいので、それが日本の総意であるかのように報じる国もあるほどだ。
 
 世論は「声」と「耳」によって形成される。

 声の大きさに惑わされない耳を持つためには、地道な対話とそれを可能にする開かれたこころが必要なんだね。
 そんなことを考えた。

0 件のコメント: